君と僕の星の舟旅


(illustration:さん)

 どうして君は泣いているのって、聞くほど僕はわからずやじゃない。
 星の輝きはいつかはなくなる。永遠や永久といったどこまでも続きそうな言葉を口にすればするほど、その脆さに気づかされる。煌々と輝く星ですらいつかは無くなるんだ。こうして舟旅をしている僕も、そのうち消えしまうのだろう。
 深い青色を湛えた海に、孤島が浮かんでいた。絵に描いたような半円状の孤島には「誰もいりません」と書かれた看板が立っていた。
 ちっぽけな孤島は一人専用。孤島を囲む海面は星の雫が落ちていない。無意識に拒絶しているんだろう。きらきらとしたものを抑えこんで、ないものだと嘘をついていると星は沈んでしまう。
 いつも僕の隣にいた「彼女」も、そういう子だった。
 孤島には小さな女の子がうずくまっていた。ふわふわの黒髪にみかんの冠を乗せ、白色のワンピースを着ている。小柄な体をさらに丸めていた。よくよく見れば肩が震えている。
 そっと舟を孤島に近づける。あの子は僕に気づかない。どうしようかと悩んでいたら、舟の中にりんごが転がってきた。荷物にりんごは入っていない。誰が入れたのだろう。
 りんごを手に取り、看板に投げつける。ごつんと命中してからあっさり倒れた。
 「だれもいりません」はいなくなった。
 これならお邪魔してもいいよね。
 女の子が顔を上げた。目が赤いのは泣いていた証拠。
 掌を差し出す。目を丸くした女の子が、おそるおそる手を伸ばしてくれる。
 僕は笑ってから、その手を掴んだ。

 君はどの季節が好き。
 空は炭を塗ったように真っ黒だけれど、星の海はいつだって輝いている。海には犬や兎や熊に鯨もいる。星の欠片が集まってできた動物たちが自由に泳いでいる。住人は何も動物だけじゃない。ちょっと危ないやつもいるけどね。
 冬の海を楽しんでくれているかな。よければ、夏の海にも案内するよ。
 尋ねてみたけれど、あの子は舟の下の星の生き物たちに夢中だ。海面に手を伸ばし、星の欠片を掴んでいる。目を離した隙にどぼんと舟から落ちてしまいそうなものだから、あの子の後ろに立ってその様子を見守っていた。
 最初に見た泣き顔はどこにもない。楽しそうに笑っている。
 ほんの一瞬、「彼女」の笑顔が浮かんで消えた。
 僕はいつか消えてしまうかも知れない。
 「彼女」の中から消えてしまうかも知れない。
 おそらく僕は、ずっとこの世界にはいられない。
「おまじないを君にしてあげる」
 あの子に囁いてから、星の形をした髪飾りをつけた。何をされたのかわからず、女の子は不思議そうな顔で僕を見上げる。人差し指を唇に当て、帰ってからのお楽しみと笑った。
 この子や紅茶の匂いを纏った男の子ように、時折ここに迷い込む人たちがいる。
 その来客たちは、曖昧な世界で漂う僕をそのうち忘れてしまうのだろう。
 それでも、僕は漂う。
 「僕」が僕を忘れてしまっても、漂い続けるのだ。
 だから、これは僕のわがまま。
 君の長い道のりに、僕が通り過ぎていったのを覚えておいて欲しい。
 いつもじゃなくてもいい。時々でもいいんだ。
 そのときに、君は笑ったほうが可愛いということも記憶に残しておいて。

 星の舟旅が終わるまでもう少し。
 変わらないはずの炭色の空に、一番星が見えた気がした。